KIM DONG-EUN · FTUE:初回ユーザー体験 (30 章)
第9章 主力世界と隣接世界:世界は住民を受け入れられなければならない
第9章 主力世界と隣接世界:世界は住民を受け入れられなければならない
前章で、私たちは連れてくる人を決めた。今度は、その人が入る世界を決める。その世界に暮らす一人ひとりのキャラクターの顔は、第10章で描く。
世界観は説明するものではなく、住めるように見せるものだ。
世界観という言葉を聞くと、デザイナーはたいてい設定資料集から思い浮かべる。それは半分だけ正しい。
大陸の地図があり、種族がいくつあり、千年前にどんな戦争があり、神が何柱いて、通貨単位が何か。厚い設定文書が積み上がるほど、世界が深くなると信じる。ところが、最初の画面の前に立つ一般の人にとって、その設定は深みではなく壁だ。画面を開いた瞬間に人名や地名のような固有名詞が五つまとめて降り注げば、一般の人は世界の厚みを感じるのではなく、まず暗記するものを背負わされる。千年前の戦争を知りたくて入ったのではない。入って暮らせそうな場所かを見に来たのだ。
世界観を設定の量で測る習慣を止めなければならない。初回体験で世界観がする仕事は、人を教えることではなく、人を中へ入れることだ。世界は住民を入居させられなければならない。本書が繰り返す言葉である。どれほど精巧に作られた世界でも、人が入って暮らす場所がなければ、それは博物館であって生活の場ではない。世界観を設計するときに投げる問いは「この世界はどれほど深いか」ではなく、「どこに暮らしていた人を、この世界へ移すのか」だ。
そこで先に定義しておこう。本書における世界は、設定の単位ではなく暮らし方の単位だ。キャラクターを飾り、世話をする世界、短い挑戦を楽しむ世界と言うときの世界は、それぞれ別の設定を持つ異なる土地ではない。その中で人が何をして暮らすかが異なる町を指す。設定とロアはその町に敷かれた背景にすぎず、この章で主力と隣接に分ける対象は、あくまで暮らし方である。
ウェブトゥーン読者をどの世界へ連れてくるのか
架空のキャラクターゲームに戻る。私たちは第8章で描いた候補の一人、ウェブトゥーンを一気読みしていた読者を連れてくることにした。彼を連れてくるには、最も深く滞在する中心世界と、その隣に付く近い世界を決めなければならない。
ウェブトゥーン読者はいま、どんな世界に暮らしているか。一話ずつ区切って読み、次の話を待ち、好きなキャラクターへ心を寄せ、縦に送りながら物語へ沈む世界だ。この人を私たちのゲームへ連れてくるとき、中心世界はその人が住んでいた場所から遠すぎてはならない。ゲームの主力世界が速い戦闘と競争を中心にするなら、この人は入口から異質さを感じる。以前の町と新しい町の距離が遠すぎれば、移住は起こらないからだ。
そこで私たちは中心世界を「キャラクターとともに流れる物語のある世界」と定める。これが主力世界、つまりこのゲームが何かを一言で答え、最も多くの人が暮らす場所だ。その隣に、キャラクターを飾り世話する世界、同じキャラクターを好きな人と緩やかに交流する世界、短い挑戦を楽しむ世界といった近い世界をいくつか置く。これが隣接世界で、主力世界を気に入って入った人が自然に足を踏み入れられる、歩いて行ける距離の隣町だ。
ここで重要なのは距離感だ。隣接世界が主力世界からかけ離れすぎれば、それは隣ではなく別の国だ。物語を見に来た人へ突然、厳しい順位競争の世界を突きつければ、自分は場所を間違えたと感じる。かといって隣接世界が主力世界と同じなら、わざわざ移る理由がない。隣接世界は主力に十分近く、それでいて新しい味を一つ持つという、微妙な距離に置かなければならない。
この距離感を実務へ移すと、出身世界ごとに私たちの世界までの移住距離が違うという基準になる。ウェブトゥーンを読んでいた人、ショート動画を送っていた人、アイドルを好きだった人、別のゲームをしていた人は、それぞれ違う町を出発して私たちの世界へ来るからだ。近い移住となる出身がある。キャラクターへ心を寄せ、物語を追っていたウェブトゥーン読者が、キャラクターとともに流れる私たちの世界へ来るのは、町を一つ越えるだけの近い距離だ。遠い移住となる出身もある。速い戦闘と効率に慣れた人が、ゆったりした世話の世界へ来るには、手になじんだものの半分を置いてくる長い道を進まなければならない。そして危険な移住となる出身もある。持ってきた期待が私たちの世界の文法と正面からぶつかり、案内を誤れば入口で拒否感だけを抱えて戻る場合だ。自分の推しにランクを付けられることに耐えられないファンを、順位競争の世界へ連れてくることがそれに当たる。付け加えれば、この三つは出身に永遠に貼り付くラベルではなく、設計によって動く変数だ。同じファン出身でも、世話の世界へ案内すれば近い移住だが、順位競争の世界へ連れていけば危険な移住になる。
距離を感覚だけで測らないためには、二つの成分に分ければよい。一つは、その出身が持ってきた動作のうち、私たちの世界でそのまま通用する割合、つまり手癖の再利用率だ。もう一つは、持ってきた期待のうち、私たちの世界が正面から破る数、つまり期待衝突数だ。再利用率が低ければ遠い移住であり、衝突が一つだけでも、推しにランクを付けることのように核心的な期待へ触れるなら危険な移住だ。このように分けておけば、付録Bの移住地図を感覚ではなく採点で描ける。
実務上の基準は単純だ。主力世界は近い移住から人を連れてくる。最も短い距離で最も多くの人が定着する場所であってこそ主力だ。隣接世界はその次の距離から人を連れてきながら、遠い移住は隣接世界へゆっくり案内し、危険な移住は最初の画面で無理に捕まえない。
方向を逆に書かなければならない読者も多いだろう。新規プロジェクトではなく、すでに世界が定まった運営中のゲームなら、人を決めてから世界を選ぶのではなく、世界を広げて人を探す。私たちの世界との移住距離が最も近い出身から探し、その出身が集まる場所へ入口と広告を出し、彼らの手癖が通じる最初の動作から点検する。順番が逆になるだけで、距離で測る物差しは同じだ。
MEJE Aidong Worldの主力世界は、推しに似たAidongを自分で飾り、世話する世界だ。子犬、カエル、猫に出会い、自分の手で飾って自分のものにする。その隣には、Aidongをグループとして組み合わせ、相性を合わせる世界と、別のファンが育てたAidongを見る世界が付く。推しの飾り付けを楽しんでいたファンは飾る世界へ入り、交流を好むファンはグループと相性の世界へさらに引かれる。同じ町の中にも、住む場所はいくつもある。
最初の画面は町の入口であって、役所ではない
ここでは、入居の比喩を最初の画面の設計にだけ絞って使う。新しい町へ引っ越すか悩む人が最初に見るのは、その町の入口だ。通りはきれいか、人々はどんな表情をしているか、自分はここになじめそうかを数秒で見極める。私たちのゲームの最初の画面が、まさにこの町の入口だ。見に来た人がこの数秒で「ここなら暮らせそうだ」と感じれば中へ足を踏み入れ、「ここは自分の町ではない」と感じれば引き返す。
よくある間違いは、町の入口に役所を建てることだ。入ってすぐ登録書類を差し出し、この世界の規則を暗記させ、身分証を発行する。つまり、世界観設定を最初の画面へ浴びせることだ。引っ越すか見に来た人へ住民登録からさせれば、見物もできないまま立ち去る。町を気に入ってこそ登録する気にもなるので、順序が逆だ。
この比喩は最初の画面までだ。見に来た人を中で暮らす人へ変えること、そこまでが初回体験の役割である。その人が入り、暮らし始めたあと、何によって長くとどめるかは本書の主題ではない。私たちが設計するのは、町の入口の第一印象と、入って見て回る最初の路地だ。
固有名詞爆弾という、ゲームが愛する慣習
世界観を扱う章なので、ゲームの慣習を一つ検問所に立たせる。最初の画面で世界の固有名詞と設定を一度に浴びせる習慣だ。
ゲームは自分の世界の固有名詞を愛している。種族、地域、陣営、神、事件の名前が、最初の画面や最初のカットシーンで雨のように降る。「アルカニア大陸のベルテイン王国、千年前の影の君主モルガスとの戦争以来……」。この慣習はどこから来たのか。厚いファンタジー小説と大作RPGのオープニングから来た。その世界へ深く入った人には、固有名詞が世界の厚みを証明し、名前が多いほど世界が本物のように感じられる。
一般の人の多くは、この約束を共有していない。アイドルファンやウェブトゥーン読者に、なじみのない固有名詞を五つ最初の画面で投げれば、世界の深みではなく入学試験に出会う。暗記するものが生まれたと感じた瞬間、このゲームは自分には複雑すぎると判断する。ゲーマーは固有名詞を「あとで知ればよい伏線」と読むが、一般の人は「今理解しなければついていけない参入障壁」と読む。同じ画面が一方には約束であり、もう一方には費用だ。
この慣習が一般の人に課す料金は、集中力だ。初めて見る名前を覚えることは認知コストが高い。最初の画面はその費用を最も節約すべき場所なのに、固有名詞爆弾はそこで予算を使い切り、肝心な最初の動作に使う集中力を残さない。本質だけを残して変える。世界は最初の画面で名前ではなく雰囲気によって紹介する。この町が温かいか冷たいか、ゆったりしているか忙しいか、安全か危険かを、色、音、キャラクターの表情から先に感じさせる。固有名詞は、人が中で暮らし始めたあと、町を歩きながら自然に一つずつ知ればよい。世界は暗記させるものではなく、暮らさせるものだ。
同じ場所で検問すべき慣習がもう一つある。世界観を説明するオープニングカットシーンだ。厚い世界なら、その全体を見せる長い映像で始めるのが長年の慣習だった。千年の歴史を敷き、陣営を紹介し、運命を予告する数分の映像はどこから来たのか。大作ゲームの荘重なイントロから来た。ゲーマーはこのカットシーンを世界の予告編として見る。まもなく自分が暮らす場所の最初の場面なので、座って最後まで見る。ところが一般の人は同じカットシーンを違って受け取る。彼にとってオープニングカットシーンは予告ではなく、操作を止められた待ち時間だ。早く触りたいのに画面が言うことを聞かない数分は、ローディングと変わらない。ゲーマーには世界の約束である映像が、一般の人には手を縛られた時間に感じられる。同じ画面が一方には予告で、他方には待機だ。この慣習が一般の人に課す料金は時間である。最初の画面で最も高価なのは開始直前の時間なのに、長いカットシーンはその時間を最初に請求する。高く評価された大作にも、自由に歩けるようになるまで長く付いていかなければならないゲームがある。『Assassin’s Creed III』は導入が長い作品としてよく話題に上る。物語へ深く入った人にはその重みが魅力だが、空いた時間に少し触ろうとした人には、ただ手を縛られた時間だ。
本質だけを残して変える。導入をうまく設計したゲームは反対へ進む。戦争があり、王女がいて、敵がいるという程度だけを知らせ、残りはその物語の断片が実際に必要になる瞬間に解く。世界の第一印象は映像で口へ運ばず、人が手を動かすあいだ背景へ染み込ませる。見せるものがあるなら飛ばせるようにし、先に触らせてから、立ち止まって休む隙に一片ずつ流す。
二つの検問は、一つの規則にまとめられる。固有名詞とカットシーンは絶対悪ではなく、その価値は見る人の先行経験にその名前が含まれているかで分かれる。第8章で見た原作ファンにとって、原作の場面と名前で開く最初の進入は、第5章の慣れとして歓迎になる。しかし原作を知らない人には、同じ画面が暗記するものとなり、入学試験になる。したがって、カットシーンを入れるかどうかを問うのではなく、いまこの入口から入る人の先行経験に、これらの名前が入っているかを問わなければならない。
▶ 自分の画面に当てはめる三つの問い
- 最初の画面は世界を説明しているか、それとも人を中へ入れ、暮らさせているか。
- 固有名詞を最初の画面にいくつ投げたか。暗記するものになっていないか。
- 入ってきた人に、この世界の住民になる役割を与えたか。
最初の画面が住民登録から始めるなら、見に来た人は見物もできず引き返す。
だから、主力を一つ、隣接をいくつか決める
世界観を入居の観点から見ると、初回体験で下す決定が明確になる。私たちのゲームの主力世界を一つ決め、その横に置く隣接世界を二つか三つ決める。主力世界は「このゲームは何か」に一言で答える場所であり、隣接世界はその答えを気に入った人が歩いて行ける隣町だ。
このとき、第8章で描いた移住候補を地図に載せる。ウェブトゥーン読者はどの世界の入口から入るか。アイドルファンはどこに最も長くとどまるか。ショート動画の視聴者はどの路地を最も早く見て回るか。候補ごとに入る入口が違い、とどまる場所も違う。全員を同じ入口へ押し込めば、必ず誰かが自分の町ではない場所へ落ちる。全員を対象にするとは、結局どの入口も明確に設計しなかったという意味だ。
入口を複数作ったなら、あとでどの入口から入った人が中へ深く進むかを入口別に分けて見ればよい。ある世界へ入ってすぐ戻る人が多いとわかれば、その町の入口に役所を建てたのではないかと疑う理由が生まれる。
しかし世界を決め、入口を分けても、その入口の前に実際に立って人を迎えるのは世界そのものではない。町へ初めて足を入れた人の目を引くのは、通りの雰囲気より先に、そこに暮らす誰かの顔だ。次章はその顔を決める。世界を最初に通訳するキャラクターと、そのキャラクターがどの感覚によって人を引き寄せるかへ進む。
参考コンテンツ
この章の概念が表れる、ほかのメディアの事例。
ビデオゲーム
- Assassin’s Creed III:自由に移動できるまでの導入が長い作品としてよく語られる。物語へ入った人には重みだが、少し触りたかった人には手を縛られた時間だ。
- Half-Life 2の導入部:City 17に着いた列車から降り、歩くあいだに案内放送、壁の掲示、兵士に追い立てられる人々を直接通り過ぎ、抑圧された世界を説明なしに体感させる。カットシーンで口へ運ばず、プレイヤーが手を動かすあいだ背景へ世界を染み込ませる最初の路地の設計を参照する。
- Animal Crossing: New Horizonsの導入部:無人島に着くとTom Nookがまずテントを張らせ、歓迎パーティ用の枝を集めさせる。世界設定ではなく、「ここではこう暮らす」を小さな仕事で先に見せる。推しのAidongを手で飾り、世話するMEJEの主力世界に最も近い、入居型ライフシミュレーションの導入として参照する。
実写映画
- Star Warsのオープニングクロール:三段落の短い字幕で帝国と反乱軍の情勢だけを知らせ、文字が消えるとカメラが下へ傾き、すぐ宇宙船の追跡場面へ降りて真っただ中へ落とす。長い説明カットシーンの代わりに情勢を一握りだけ敷き、すぐ触らせる導入の長さを参照する。
一般アプリ
- Duolingoのオンボーディング:第8章でプレースメントテストによって出身を分けたあのアプリが、ここでは別の面から登場する。登録を後回しにして、最初のレッスンからすぐ解かせ、進捗を保存したくなる頃にアカウント作成を勧める。町の入口で住民登録からさせず、先に暮らしてみてもらったあとで登録を勧める順序をそのまま示す。最初の画面を役所にしない設計として参照する。
残りの参考コンテンツは、本章末尾の「第9章付録」にまとめた(単行本では付録Dに収録する)。
設計ノート ▶ 実際にやってみる
私たちのゲームの主力世界を一つ、一文で書く。「私たちのゲームは、____する世界だ」。設定ではなく、その世界で人が何をして暮らすかを書く。
その横に、隣接世界を二つか三つ書く。それぞれが主力世界にどれほど近いかを、手癖の再利用率と期待衝突数で見積もり、そこに誰が、つまりどの移住候補が入って暮らすかを一行ずつ付ける。
次に、最初の画面で禁止する世界観情報を三つ書く。暗記させる固有名詞を一つ、歴史や設定を口へ運ぶ長いカットシーンを一つ、いま知らなくても暮らすのに困らない設定を一つ、あらかじめ外しておけば、最初の画面に残すものが明確になる。最後に、最初の画面が固有名詞なしで雰囲気だけからこの世界を紹介するなら、何を見せるか一つだけ書く。この地図が、付録Bの「世界観移住地図」へ育つ。
三つをすべて外しても、最初の画面が「ここなら暮らせそうだ」と感じさせるなら、その世界は人を中へ入れる。まだ暗記するものだけが残るなら、町の入口に役所を建てたことになるので、作り直す。
一行要約:世界観は設定の量ではなく、人が入って暮らせる場所で測る。主力世界一つで「このゲームは何か」に答え、いくつかの隣接世界を歩いて行ける隣町として置く。最初の画面は町の入口なので、見に来た人へ住民登録からさせてはならない。世界は固有名詞で暗記させるのではなく、雰囲気で感じさせ、暮らさせるものだ。 次の章:私たちはいま、その人が入る世界を決めた。次は、その世界を最初に通訳するキャラクターを決める。誰が暮らし、それぞれどの感覚によって人を引き寄せ、そのキャラクターを好きになる人はどこから来たのかへ進む。
第9章付録:参考コンテンツ集
この資料集は、世界観を設定の量ではなく、人が入って暮らせるかで測らなければならないという本章の論点を、ゲーム内外の事例へ広げたものだ。主力世界一つと隣接世界いくつかを決め、出身ごとに異なる移住距離、つまり近い移住、遠い移住、危険な移住を測り、最初の画面を役所ではなく町の入口として作る。本文各節の中心事例に加え、残りをビデオゲームからオフラインまでメディア別にまとめ、各項目の末尾に「着目点」を付けて設計者が観察すべきことを書いた。読み方は一つだ。それぞれの事例で、世界が固有名詞と説明によって入ってくるか、雰囲気と行動によって入ってくるか、そしてその人が暮らしていた場所と新しい世界の距離を何が縮めているかを見る。
ビデオゲーム
- Elden Ring/Dark Souls:FromSoftwareのこの系統は、千年の歴史を字幕で敷かず、崩れた村、教会、都市の廃墟の配置と、アイテム説明の一文に世界史を流しておく。Elden Ringでは、王都Leyndellの地下にある「忌み捨ての地下」のような隠し区域の手がかりを集めて初めて、Golden Orderの本当の歴史が見える。着目点:暗記させず、歩き回りながら知る設計が、深みと入りやすさをどう両立するか、私たちの世界の設定が最初の画面ではなく、どこに埋められているかを見る。
- The Legend of Zelda: Breath of the Wild:2017年作は長い設定説明なしに、目覚めたLinkを広い大地へ送り出す。目の前の風景と、遠くに見える塔や祠が次の一歩を呼ぶ。固有名詞より町の入口の印象が先に来る。着目点:最初の画面が情報ではなく行ってみたい方向を与える方法と、ランドマークが案内文の代わりになる動線を見る。
- Halo/Mass Effect:宇宙規模の設定を持つシリーズだが、種族と陣営の固有名詞を最初の画面に浴びせず、任務で歩き回るあいだに会話と記録から一片ずつ流し、世界を知るようにする。着目点:設定の総量が大きい世界ほど入口で見せる量をさらに節約すべきことと、最初の一時間に登場する固有名詞の数を見る。
- Portalの導入部:Valveが2007年に発売したパズルゲームは、目覚めた被験者が人工知能GLaDOSの案内放送だけを聞きながら最初の部屋を自分で解き、規則を暗記するのではなく、触るあいだに世界と操作を同時に覚える。着目点:最初の画面で説明する代わりにすぐ暮らさせる入居型の導入と、案内放送という世界内の装置がチュートリアル文言に代わって通訳する仕組みを見る。
- Hollow Knightの導入部:2017年作は短い操作案内のあと、廃屋と街灯だけの町Dirtmouthにプレイヤーを置き、老人の制止にもかかわらず井戸の下へ降りさせる。誰が、なぜといった設定を知らせず、空の町の入口の寂しい印象から、崩れた王国の重みを先に感じさせる。着目点:雰囲気が設定より先に来る導入で、人がいつ初めて「この世界を知りたい」と感じるか、その好奇心が生まれたあとで初めてロアが解かれる順序を見る。
- Disco Elysiumの導入部:2019年作は記憶を失った刑事を壊れたホテルの一室で目覚めさせ、世界設定を聞かせる代わりに自分の状況から手探りさせ、プレイヤーと同じ速度で世界を知るようにする。着目点:設定の伏線をまとめて投げず、必要になる瞬間に一片ずつ解く速度調整と、主人公の無知がプレイヤーの無知を弁明する仕掛けを見る。
- Kingdom Hearts/Xenosaga:Heartless、Nobody、Keybladeのような固有用語がシリーズを通じて蓄積され、新規流入の参入障壁としてよく語られる。深く入ったファンには伏線となる名前が、初めて来た人には入学試験になる。着目点:最初の画面の固有名詞爆弾が費用になることを逆から示す例として、私たちの入口にいま知らなくてもよい名前がいくつ先に現れるかを見る。
- Minecraft:始めると説明も目標案内もないまま野原に立ち、木を採り、最初の夜を耐えるあいだに、この世界の規則を手で覚える。生き残るサバイバル世界の隣に、自由に作るクリエイティブ世界が同じブロック文法で付いており、一方に慣れた人が歩いて渡れる。着目点:主力世界と隣接世界が手癖を共有し、移住距離を短くする構造と、世界が設定ではなく暮らし方の単位だという定義がそのまま実装された姿を見る。
- Fortnite:Battle Royaleという主力世界の隣に、直接作って遊ぶCreative、演奏や交流中心のイベント、LEGO Fortnite(2023)のような隣接世界を付けてきた。どの世界へ行っても同じアバターとロッカーが付いていく。着目点:隣接世界が主力に十分近く、それでいて新しい味を一つずつ持つ距離配置と、アバターという共通の家財が移住負担を減らす方法を見る。
モバイル・アプリ・サービス
- 新規ユーザーに空の画面ではなく、例で満たした第一印象:共同作業ツールやノートアプリは、最初の進入を空白ではなくサンプル文書とサンプルプロジェクトで満たし、設定を暗記させず、「ここではこう暮らす」を雰囲気として先に見せる。着目点:入居前に整えたモデルハウスのような例が最初の動作を案内するか、不要になったとき簡単に片付けられるかを見る。
- Instagram Reels:2020年に加わった縦型短編動画の区域で、TikTokで暮らしていた人の手癖である縦に送る視聴が、そのまま通用するよう作られたといわれる。既存のInstagram住民には同じアプリ内の隣町となり、TikTok出身には近い移住となる。着目点:別の町の手癖を持ち込み移住距離を縮める方法と、既存住民が自分の町が変わったと感じる費用をあわせて見る。
映画・アニメーション
- Spirited Awayの導入部:2001年作は説明台詞なしに、Chihiroがトンネルを抜け、空の飲食店街をさまよい、夜になって神々が現れる光景を直接経験させる。観客はChihiroと同じ速度で、雰囲気だけから異世界を受け入れる。着目点:固有名詞なしに風景と光から世界を先に感じさせる導入と、主人公の戸惑いが観客の戸惑いを代わりに背負う構図を見る。
- Attack on Titan第1話:壁内の平和な日常を先に見せたあと、すぐ超大型巨人が壁を壊す事件の真っただ中へ落とし、世界設定を講義せず、事件として世界を経験させる。着目点:背景を先に敷かないイン・メディアス・レスの導入で、数分の日常場面が後に続く衝撃の重みをどう支えるかを見る。
- Made in Abyss第1話:巨大な穴の縁にある町Orthの日常から見せ、探窟文化をすぐ行動として経験させ、説明なしに世界の雰囲気と規則を暮らして知るようにする。着目点:第1話で設定講義の代わりに町の入口の印象から与える方法と、世界の核心的な規則が人物の仕事の中へ自然に載る配置を見る。
- Mad Max: Fury Road:2015年作は短い独白のあと、すぐ追跡劇の真っただ中へ観客を落とし、水と石油を握る者が支配する荒野の規則を、台詞の説明ではなく美術と人物の行動から知らせる。過去三作を知らなくても追うのに支障はない。着目点:説明を極限まで減らしても観客が道に迷わないよう支えるものは何か、明確な欲望と一方向の動線が設定講義に代わる方法を見る。
文学・物語技法
- TolkienのThe SilmarillionとThe Hobbit:同じ世界でも、系譜と神話から開くThe Silmarillionと、一人のホビットの冒険から人を入れるThe Hobbitでは移住距離が違う。深さは入りやすさと同じではない。着目点:同じ世界に複数の入口を置きつつ、最初の入口は近い移住にする配置と、私たちの世界のThe Silmarillionを最初の画面へ出していないかを見る。
- イン・メディアス・レス(物語の途中から始める):背景を先に敷かず、事件の中へ読者を落とし、世界に暮らさせる、叙事詩の時代から長く使われてきた導入法だ。着目点:説明を後ろへ送る代わりに何で読者をつかむか、事件の緊張が設定の空白に耐えさせる時間を見る。
音楽
- Janelle MonáeのMetropolis連作:アンドロイドCindi Mayweatherのディストピア都市を、設定資料集ではなくアルバムの曲と曲の間のスキットから一片ずつ流し、積み上げる。着目点:世界を一度に説明せず、作品を楽しむあいだ背景へ染み込ませる入居型世界観構築と、設定を知らなくても曲を先に好きにさせる順序を見る。
ボードゲーム・TRPG
- Gloomhavenの最初のシナリオ:2017年に出た大型キャンペーンボードゲームでありながら、設定資料集を丸ごと読ませる代わりに、小さな最初の冒険一つから、その世界がどんな場所かを暮らして知るようにする。着目点:規則と世界を最初の一回分へ削って渡す方法と、大きな世界ほど最初の入口を小さく削る節度を見る。
- TRPGのセッションゼロ:本編を始める前に集まり、調子と雰囲気、したいことと避けたいことを合わせる慣行で、ルールブックをすべて暗記させる前に、人が入って暮らせる場所かを先に合わせる。着目点:入居前に町の雰囲気へ合意する手順が離脱を減らすことと、私たちのオンボーディングにセッションゼロに当たる段階があるかを見る。
オフライン・日常
- Disneylandの「ウィニー」(視線を引くランドマーク):Walt Disneyが使った言葉として知られるウィニーは、遠くから視線を引き、人を内側へ歩かせる城のようなランドマークを指す。案内文なしに風景が道を示す。着目点:名前と地図ではなく風景が動線を作る設計と、私たちの最初の画面でウィニーの役をするものは何かを見る。
- 博物館の最初の展示室の雰囲気設計:壁の文章を浴びせる代わりに、最初の部屋の光と音からどんな場所かを先に感じさせ、観覧の疲れを減らす。着目点:情報を読む前に雰囲気から渡す最初の部屋の配置と、私たちの最初の画面が壁文の部屋か、光の部屋かを見る。
- IKEAのショールーム:家具を仕様表と棚の陳列で見せる代わりに、居間と寝室を丸ごと整え、入った人が「ここで暮らせばこうなる」を身体で見積もれるようにする。着目点:仕様情報ではなく暮らし方の展示が入居の想像を引き寄せることと、私たちの最初の画面がスペックを見せるか、暮らしを見せるかを見る。
- 新しい町の事前見学/引っ越しの決定:住民登録からするのではなく、通りの雰囲気と人々の表情を先に見て、暮らせそうな場所かを見極める。着目点:最初の画面がまさにこの見学の対象であることと、私たちの町の入口で最初の数秒に見えるものは何かを見る。