KIM DONG-EUN · FTUE:初回ユーザー体験 (30 章)
第2章 FTUEはチュートリアルではない
第2章 FTUEはチュートリアルではない
「チュートリアルを全部作ったから、これでFTUEも終わりだね」
ゲーム会社の会議室でよく聞く言葉だが、半分は正しく、半分は危険なほど間違っている。チュートリアルを作ったこと自体は、確かに仕事をしたということだ。問題は、それを終えた瞬間に最初の体験全体も終わったと思い込むことにある。ユーザーは操作方法をすべて学んだのだから、あとは勝手にうまく遊ぶだろう。その安堵は、D1の指標を見た瞬間に砕ける。仮の数字で描いてみよう。チュートリアル完了率は80パーセントなのに、翌日起動した人は20パーセント。すべて教えたのに、全員が去った。
チュートリアルはFTUEの一部にすぎず、ときにはFTUEを台無しにする、もっとも親切な装置である。
ここで立ち止まらせるべき見慣れた言葉は、FTUE――First-Time User Experience、初回ユーザー体験だ。私たちはこの言葉をあまりに頻繁に使うため、すべて知っているように感じる。ところが「FTUEはどこから始まり、どこで終わるのか」と問えば、ある人は最初の画面、ある人はチュートリアル、ある人は最初の一日全体と答えが分かれる。同じ言葉を使いながら、別のものを指しているのである。境界がぼやけた言葉では設計できない。そこで本章は、FTUEという言葉の境界がどこまでか、隣接する言葉とどう違うかを先に引く。その「最初」がいくつの段階に分かれるかは、第3章で改めて数える。
初めてNintendo Switchを起動した日
一つの場面を思い浮かべよう。Nintendo Switchをプレゼントされた。箱を開け、本体にJoy-Conを取り付け、電源を入れ、言語と地域を選び、Wi-Fiにつなぎ、タイムゾーンを合わせ、自分のプロフィール――アイコンとニックネーム――を作り、システム更新が終わるのを待つ。ここでニンテンドーアカウントを連携することもある。ここまでが一つのまとまりだ。ゲームはまだ始まっていない。機器を「使える状態」にする過程である。
次に『ゼルダの伝説』を差し込む。リンクが見知らぬ部屋で目を覚まし、初めて崖を登り、木の枝を拾い、最初の敵と出会って初めて武器を振るう。慣れない操作に何度か迷ったあと、ある瞬間に「ああ、こういうゲームなのか」と分かる。これが別のまとまりだ。
そして一か月後。リンクの操作はすっかり手になじみ、退勤後は習慣のようにSwitchを起動し、今日はどの祠を攻略するか決め、友人が送ってきた地図座標を確認する。ゲームが「自分の日常の一部」になった状態であり、これもまた別のまとまりである。
三つは明らかに異なる。第一は機器を動かすこと、第二はゲームに初めて出会い、その正体をつかむこと、第三はゲームが生活に定着することだ。私たちが「FTUE」とひとまとめにしていたものの中には、実は性質の違う区間が含まれている。同じ名前で呼べば設計が絡まる。機器設定を直すべきときにゲームのチュートリアルを手直しし、一か月後の定着を支えるべきときに最初の画面だけを磨く、といった具合だ。
私たちの仮想ゲームに移してみよう。本書で繰り返し使う例は、「キャラクターベースのショート動画・収集・会話型モバイルゲーム」だ。短い映像でキャラクターと出会い、気に入ったキャラクターを集め、そのキャラクターと会話しながら育てるゲームとしよう。ここでも同じ三つのまとまりが現れる。アプリを入れ、権限を許可し、ログインする区間。最初のキャラクターと出会って初めて集め、初めて会話し、「こういうゲームなのか」と気づく区間。そして毎日キャラクターに会いに来る習慣が身につく区間。性質の違う三つの仕事なのに、会議室ではすべて「FTUE」という一語で呼ばれる。
六つの言葉を正しい場所に置く
ここから言葉を一つずつ立ち止まらせよう。現場で混同される言葉が六つある。OOBE、チュートリアル、オンボーディング、FTUE、NUX、UX。これらを文章でほどき、それぞれの場所へ戻す。
もっとも外側にある大きな器がUX、User Experience、ユーザー体験だ。ユーザーが私たちの製品と結ぶ関係の全生涯を意味する。最初の噂を聞く瞬間から、夢中になる時期を経て、飽きて去り、ひょっとすると数か月後に復帰する瞬間まで、すべてがUXである。もっとも広い言葉だから、もっとも漠然としている。「UXをよくしよう」は「事業をうまくやろう」と同じくらい行動に移しにくい。だから、この大きな器の中を時間帯で切らなければならない。
UXの先頭、ユーザーが私たちと初めて出会う区間がFTUEである。最初の露出から始まり、中核となる面白さを初めて味わう瞬間までだ。ゼルダならリンクが目を覚ます場面から「ああ、こういうゲームなのか」と分かる瞬間まで。仮想ゲームなら最初の映像から「最初のキャラクターを完成させ、初めて会話した」瞬間までである。第一印象、正体の把握、最初の達成。この三つがFTUEの仕事だ。
FTUEと対になるもう一方がNUX、New User Experience、新規ユーザー体験である。最初の面白さを味わった人を「また来る人」に変える区間だ。関心は第一印象から習慣へ移り、明日も起動する理由、一週間後にも起動する理由を作る。指標で言えば、FTUEは「初めて中核の面白さへ到達したか(Activation)」を見て、NUXは「翌日戻ったか(D1)」「一週間後も残っているか(D7)」を見る。ただし、両者は刃物で切ったようには分かれない。定着の種は、実はインストールして最初に入る瞬間からまかれる。進入が険しく第一印象が冷たければ、明日戻る確率がその場で削られるからだ。それでも主導権の区分は明確で、最初の面白さが訪れるまではFTUEがハンドルを握り、NUXは種だけをまく。最初の面白さを越えて初めて、ハンドルがNUXへ渡る。境界は一点ではなく、しばらく重なる区間である。この重なりに正確な座標を付ける作業は、次章で行う。
ここまでが大きな三つの器だ。UXは全体、FTUEは最初の出会い、NUXは定着。残る三つは、その中に入る小さな道具である。
OOBEはOut-of-Box Experience、箱から取り出して使えるようになるまでの体験であり、Switchの設定がまさにそれだ。インストール、権限、アカウント、データダウンロードを経て、詰まらず開始可能な状態へ達することがすべてで、ゲームが面白いかどうかとは関係ない。したがってOOBEは、FTUEの先頭――最初の進入――に位置する狭い段階である。モバイルアプリも同じで、新しいアプリを入れて初めて開くと、通知権限、位置情報の権限、ログイン、最初のデータダウンロードが列を作って待っている。この列が長く密であるほど、人はゲームの面白さを見る前に離脱する。だから、よく設計されたアプリほど、本当に必要な権限だけを、それが必要になった瞬間に尋ね、残りは後ろへ送る。
チュートリアルは矢印で「ここを押してください」と案内し、指の形でドラッグさせる、操作と規則を教える一つの形式である。重要なのは、チュートリアルがFTUEに入り得る複数の形式の一つにすぎず、チュートリアルなしでもFTUEを設計できるという点だ。スーパーマリオ1-1には「右へ進め」というチュートリアル文がないが、画面構成だけでユーザーを右へ歩かせる。その最初の画面は完璧なFTUEだ。チュートリアルは教える一つの方法であり、FTUEは最初の体験全体なので、両者は大きさが違う。
ここで教え方を二つに分けておくと役に立つ。矢印と案内文で「これを押してください」と教える明示学習と、マリオの画面のように配置だけでユーザー自身に気づかせる暗黙学習である。優れた最初の体験ほど、教えているように見えない暗黙学習へ傾く。だが明示的であれ暗黙的であれ、チュートリアルには一つ危険なところがある。「これは当然知っているだろう」と教えずに飛ばしたジャンル慣習を、実はユーザーへ押しつけているのだ。HPバーの意味、インベントリの升目をどう埋めるか、クエスト一覧をなぜ見るのかをゲーマーはすでに知っているが、一般の人は知らない。だからチュートリアルはユーザー教育装置である前に、チームの前提一覧である。何を教えると決めたかより、何を教えなくてもよいと考えたかに、そのチームが想像するユーザー像がそのまま刻まれる。マリオの画面が名作である理由もここにある。どんなジャンル知識も前提にせず、初めて見る人が持つ「右は前」という普遍的な直感だけで次の行動を引き出す。
オンボーディングは初日のログイン報酬、最初の一週間のミッションチェックリスト、「友人を招待するとプレゼント」といった手段で、ユーザーを世界の中へ定着させる活動である。現場では「オンボーディングファネル」という言葉で最初のセッション全体、つまり本書のFTUEに当たる区間を指すことも多く、あなたの会社の用法とは異なるかもしれない。本書では定着活動という狭い意味だけで用いる。チュートリアルが「操作を教える」なら、オンボーディングは「習慣をつける」仕事なので、主にNUXの区間で働く。
これで六つの言葉が定位置に収まった。もっとも大きなUXの中にFTUEとNUXが時間順に置かれ、OOBEとチュートリアルはFTUEの中の小さな段階と形式、オンボーディングはNUXの道具である。核心を一文に縮めるとこうなる。FTUEはチュートリアルを含み得るが、チュートリアルが終わったからといってFTUEが終わるわけではない。 六つの言葉を一語にまとめて使い続けるチームは、どの区間から漏れているのかを永遠に知らないまま、見当違いの場所を直すことになる。
▶ 自分の画面に当てはめる三つの問い
- 私はFTUEをチュートリアルだけに狭めて見ていないか。
- チュートリアルの外にある第一印象、信頼、再訪まで設計しているか。
- 私たちのチュートリアルが、かえって最初の面白さを後ろへ送っていないか。 チュートリアルだけを直して最初の体験をすべて扱ったと思った瞬間、もっとも親切な装置が最初の面白さを覆い隠す。
では、何を最初に決めるべきか
言葉を正しい場所へ置けば、会議室のあの危険な言葉がなぜ危険なのか分かる。「チュートリアルを全部作ったからFTUEは終わりだ」は、小さな道具を一つ完成させただけで、大きな区間全体が終わったと断定する言葉だ。チュートリアルが助けたのは「最初の操作」だけで、最初の画面で正体をつかむこと――最初の認識――、最初の達成の快感――最初の報酬――、翌日戻る理由――再訪――には手も触れていない。次章では、この複数の「最初」に番号を付け、一つずつ分ける。チュートリアル完了率80パーセント、D1が20パーセントという数字は、まさにこの空白区間を指す。教えたが最初の面白さを与えられなかったか、最初の面白さは与えたが戻る理由を作らなかったのだ。だから本章冒頭、会議室でよく引用されるあの数字を正面から言うべきときが来た。チュートリアル完了率は虚栄指標である。 高いほど気分はよくなるが、ユーザーが面白さを感じたかについては何も語らない。スキップを禁止し、まねることを強制するほど、むしろ簡単に上がる。もっとも痛ましいのはまさにその場面だ。チュートリアルを親切に組み、ほとんど全員が最後までついてくるようにしたのに、翌日その画面を再び開く人がほとんどいない。すべて教えたという安堵こそが、最大の罠だった。
したがって設計を始める前に、最初に決めることは一つだけだ。私たちのゲームのFTUEはどこで終わり、そこからNUXが始まるのか。 チームがこの一行に合意できなければ、指標が悪化したとき、ある人はチュートリアルを直そうと言い、別の人はログイン報酬を増やそうと言う。同じ言葉で違う区間を指しながら争う。
仮想ゲームに線を引いてみよう。FTUEの終わりを「ユーザーが最初のキャラクターを完成させ、初めて会話した瞬間」と定める。それまでは第一印象と最初の達成を担うFTUEの仕事、その後、毎日キャラクターに会いに来させるのはNUXの仕事である。この線が引かれると会議は変わる。「最初の会話まで到達した人の割合が低い」はFTUEの問題、「最初の会話はしたが翌日来ない」はNUXの問題となり、直す場所が明確になる。
MEJEアイドンワールドに当てはめるとこうなる。アイドンワールドは、K-POPアイドルの特徴を犬、カエル、猫など複数の「アイドン」に分けて込めた、たまごっち型ライフシミュレーションだ。ファンは推しに似たアイドンと出会い、連れて帰り、飾り、世話をする。ファンが推しに似たアイドン――犬――と出会い、初めてなで、名前を付け、「私のアイドン」がそばに来た瞬間がFTUEの終了点である。翌日、ファンが「私のアイドンに会いに行こう」とアプリを再び開くのはNUXの領域だ。同じアイドンを扱っていても、初めて出会わせる設計と、毎日会いたくさせる設計は、別の担当者が別の指標を見ながら管理しなければならない。
この宣言を正式な様式で書く作業は、第20章で本格的に行う。ここでは境界の曖昧な六つの言葉を正しい場所へ置き、「私たちのFTUEの終点」を仮に一行引くところまでである。(FTUEの開始・終了点を精密に宣言する様式は付録Aに収録。)
参考コンテンツ
この章の概念が表れている、ほかのメディアの事例。
ビデオゲーム
- ハーフライフ:HEVスーツを着て初めてHUDが画面に現れ、ジャンプ、しゃがみ、武器操作を教える「ハザードコース」は、本編から分離した訓練施設へ入って行う。教える形式――訓練コース――と最初の出会い――トラムでブラックメサへ入る進入――の大きさが違うことを示す。
- スーパーマリオブラザーズ 1-1:開始直後に近づく最初のクリボーは、ジャンプできないユーザーを倒す。すぐあとに出る金色のブロックはコインを出して同じ動作を繰り返させ、二つ目のブロックから現れるキノコは狭いブロックの通路が逃げ道をふさぐため、否応なく取ることになる。案内文を一行も使わず、配置だけでジャンプとパワーアップを順に教える暗黙学習である。
- ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド:「始まりの台地」で四つの祠を攻略し、四つのルーン――リモコン爆弾、アイスメーカー、ビタロック、マグネキャッチ――をすべて手に入れなければ、パラセールを受け取って台地の外へ出られない。閉じた開始地域が中核操作をすべて教えるFTUE区間であり、その後に祠を決めて起動する習慣はNUXとして定着する。
実際の業務手順
- 新入社員オンボーディングプログラム:機器設定――OOBEに相当――、職務教育――チュートリアルに相当――、組織への定着――オンボーディングに相当――は、明確に異なる段階である。
一般的なアプリ
- Duolingo:会員登録を最初の画面ではなく、最初の体験レッスン後へ遅らせ、面白さを先に味わわせてからアカウントを尋ねる。また、登録時に連続学習日数(ストリーク)の目標を決めさせ、最初のセッションから「Day 1」を表示する。最初の面白さまでの距離を縮めるFTUE設計と、毎日戻らせるNUX設計が別の仕事であることを示す。登録時点を最初のレッスン後へ移した変更が翌日継続率を引き上げた事例として、よく取り上げられる。
残りの参考コンテンツは、本章末の「第2章付録」にまとめた(単行本では付録Dに収録)。
設計ノート ▶ 自分で試す
紙に一文ずつ書き込もう。
「私たちのゲームのFTUEは( )で終わり、そこからNUXが始まる。」
空欄には「中核となる面白さを初めて味わった瞬間」を入れる。最初の戦闘に勝った瞬間かもしれず、最初のキャラクターを完成させた瞬間、最初の協力プレイを体験した瞬間かもしれない。正解はゲームごとに違うが、候補を絞る基準はある。中核ループが一周閉じる最初の瞬間であること、最初のセッション内に起きて計測できること、そして「面白さを感じる」のような感覚ではなく「最初の会話を送る」のようなユーザー行動で書くこと。この三つの基準を通過する文だけが終点の役目を果たす。重要なのは、チーム全員が同じ瞬間を指しているかどうかだ。続けてもう一行。「私たちが作ったチュートリアルは、このFTUEの( )段階までしか助けない。」チュートリアルが最初の体験全体ではなく、その一部だったと目で確認する欄である。
最後の欄こそ、本章の結論だ。チュートリアルが教えることの一覧ではなく、教えないことの一覧を書こう。HPバー、インベントリ、クエストマーカーのように、「すでに知っているはずだ」とユーザーに押しつけた慣習である。その一覧こそ、あなたのチームが想像するユーザーの肖像だ。一覧が長くゲーマーの常識で埋まっているなら、チームは一般の人を連れてくると言いながら、ゲーマーを描いている。そして第一の欄の終点をチームが一文で合意できなければ、どの指標が悪化しても、どこを直すべきかを永遠に見分けられない。
一行要約:FTUEはチュートリアルではない。UXという大きな器の中に、FTUE(最初の出会い)とNUX(定着)が時間順に置かれ、しばらく重なって続く。OOBEとチュートリアルはFTUEの中の小さな段階と形式、オンボーディングはNUXの道具だ。チュートリアルが終わってもFTUEは終わらない。 次章:その「FTUE」という最初の出会いも、実は一点ではない。最初の噂から最初の再訪まで、「最初」は一度ではなく十一回来る。
第2章付録:参考コンテンツ集
この事例集は、第2章が分けた六つの言葉、すなわちUXという全体の中でFTUE(最初の出会い)とNUX(定着)が分かれ、OOBE・チュートリアル・オンボーディングがその中の小さな段階と形式であるという区別が、ゲーム外のメディアや日常にも同じように現れる事例を集めた。ビデオゲーム、映像・コンテンツ、ボードゲーム・遊び、モバイル・アプリ・サービス、オフライン・日常に分けている。各事例について、「使えるようにする区間、正体をつかむ区間、習慣になる区間はどこで分かれるか」を、本文の三つのまとまり――機器設定、最初のプレイ、一か月後――と対応させて見るとよい。
ビデオゲーム
- ポータル:序盤の試験室はチュートリアルであると同時に本編の一部なので、操作学習の区間と中核となる面白さの区間が境界なく続く。注目点:チュートリアルはFTUEに入り得る一つの形式にすぎないという区別を、形式と体験を一体化して消した極端な例として見る。
- ハーフライフ2「ブラックメサ・イースト」:アリックスがロボットの「ドッグ」とキャッチボールをさせ、無力化されたコンバイン・ローラーマインを投げ合ううちに、重力銃の引き寄せと押し出しを矢印なしで手に覚えさせる。注目点:チュートリアルが別の案内文ではなく、キャラクターとの遊びそのものへ溶け込んだ暗黙学習として、明示学習と暗黙学習の分岐を見る。
- どうぶつの森:初期作品では村へ引っ越した直後、たぬきちが借金を口実に店でアルバイトをさせ、着替え、苗木植え、近所への挨拶といった用事を終えて初めて自由なプレイが開く。注目点:正体を知らせる強制チュートリアル区間と、毎日村を見に戻る定着習慣が明確に別の段階であること、すなわちチュートリアルとNUXの境界を見る。
- オーバーウォッチの練習場:本編のマッチングとは分離した練習場とAI対戦モードを設け、ヒーローの能力を試す区間と、実際の最初の対戦を別の段階に置く。注目点:教える形式――練習場――を備えても、最初の実戦体験まで責任を果たしたことにはならない。最初のクイック・プレイで何が起きるかが、FTUEの残る半分である。
映像・コンテンツ
- 『ブレイキング・バッド』第1話のコールドオープン:ガスマスクと下着姿で砂漠のキャンピングカーを運転するウォルターが、サイレンの音に追われる場面を説明なしに先に投げ出す。このシリーズのコールドオープンは、情報伝達よりフックを重視する事例としてよく挙げられる。注目点:観客をつかむ第一印象と世界・規則を伝える仕事が別の設計であること、すなわち第一印象とチュートリアルに相当する説明が別の仕事であることを見る。
- 『スター・ウォーズ エピソード4』の導入部:1977年作はオープニングクロールの数行で最小限の文脈だけを与え、すでに進行中の銀河内戦のただ中へ観客を落とし、残りは物語が進む中で補う。注目点:背景をすべて説明することと最初から没入させることが違う仕事であり、説明を遅らせても最初の没入は成立することを見る。
- シリーズ作品のパイロットエピソード:第1話で世界、規則、人物を知らせることと、毎週戻ってこさせることは別に設計される。注目点:最初の出会いの設計――FTUEに相当――と定着の設計――NUXに相当――が、同じ作品の中で異なる技術として扱われる。
- 小説のプロローグと第1章:背景を敷く区間と物語へ引き込む区間が分かれている。注目点:プロローグを飛ばす読者が多いという通説まで重ねれば、説明区間を先頭に置く費用が見える。
ボードゲーム・遊び
- グルームヘイヴン:獅子のあぎと(Jaws of the Lion)/パンデミックの入門設計:ルールブック学習は一つの形式にすぎず、最初のゲームを最後まで楽しませる設計はそれより広い。注目点:「規則を教えた」と「最初のゲームが楽しかった」の間の距離が、チュートリアル完了率とD1の間の距離と同じ形であることを見る。
- 規則を教える「ラーニングゲーム」の変則ルール:最初のゲームでは意図的に点数を数えなかったり、規則を減らしたりして、規則教育の区間と本来のゲームの面白さを分ける。注目点:教育用の一ゲームを別に切り出す判断は、明示学習を本編の外へ置く設計と同じである。
- TRPGの「セッション・ゼロ」:本編の冒険を始める前に、期待、規則、禁忌をすり合わせる場を別に設ける慣習。注目点:最初の操作を教えることと、最初の体験全体について合意することが違う仕事であり、期待合わせは独立した段階に分けるほど重要である。
モバイル・アプリ・サービス
- iPhone初回起動時の「Hello」画面:複数言語の「Hello」を順に見せる一枚の挨拶から始まり、密な案内文なしで言語・アカウント・権限設定へユーザーを導く。注目点:使える状態を作るOOBE区間が本来の楽しさより前に別に置かれ、その進入を摩擦なく短く設計すること自体が別の仕事である。
- 新しいスマートフォンの初期設定ウィザード:言語・アカウント・権限を設定するOOBE区間が、アプリを楽しむ区間の前に別に置かれる。注目点:この区間の長さと詰まりが最初の面白さとは無関係に離脱を生み、OOBEは面白さではなく摩擦除去で評価すべきだということを見る。
- 権限要求を必要な瞬間まで遅らせるアプリ:通知や位置情報などの権限を最初の進入時にまとめて尋ねず、その権限が実際に必要になる瞬間に一つずつ尋ねる。注目点:進入の列を短くし、最初の面白さまでの距離を縮めるOOBE分割設計として、「いつ尋ねるか」が「何を尋ねるか」と同じほど重要である。
- SlackのSlackbotによる初回案内:初めて入ったユーザーに、Slackbotというボットとの会話を通じてプロフィール設定などの最初の段階を進ませ、道具の中核動作であるメッセージ交換を案内手順そのものとして先に体験させるとされる。注目点:OOBEに相当する設定手順を製品の中核文法の中で行えば、教えることと最初の使用が一つの動作として重なる。
- Netflixのプロフィール作成と好みの選択:登録直後にプロフィールを作り、好きな作品をいくつか選ばせる手順を、視聴という本編の前に別に置き、最初のおすすめ画面を埋める材料を先に受け取るとされる。注目点:使える状態を作る区間と、一気見が習慣になる区間は、サービスでも別の設計である。
オフライン・日常
- 公演前の案内放送と幕開け:座席と非常口を知らせる作動案内――OOBEに相当――と劇の最初の場面は性格が違う。注目点:同じ時空間でも二つの区間の口調と目的は完全に分かれ、案内が終わって初めて最初の体験が始まる。
- 自動車教習所の学科と路上教習:規則を学ぶことと、実際の運転が身につくことは別の区間に分かれる。注目点:学科の満点が路上での熟練を保証しないことは、チュートリアル完了率が最初の面白さを保証しないという本文の論点と重なる。
- 家電の開封・設置(OOBE)と最初の使用:使える状態にすることと、実際にうまく使うことは分かれている。注目点:設置業者が帰った日と、その家電が日常の一部になった日の間の距離を思い浮かべれば、OOBEと定着の違いが手でつかめる。
- 自動車の鍵を受け取り、最初にエンジンをかけるまで(引き渡し手順):車を動かせるようにする引き渡し段階と、運転が体になじむ段階は異なる。注目点:引き渡しがどれほど親切でも、最初の走行の緊張は別に残り、二段階を一度には解決できない。
- IKEAの組立説明書:文字を使わず棒人間、矢印、記号だけで組立順序を示し、どの言語知識も前提とせず、初めて見る人についてこさせる。注目点:マリオ1-1のように普遍的直感に頼って教える案内の手本として、明示的な案内文なしに配置と絵だけで次の行動を引き出す設計を見る。
- ジムのOT(オリエンテーション):登録直後の器具使用法の案内とInBody測定は、施設を使えるようにする手順にすぎない。それを終えた会員が翌週も来るかどうかは別の問題である。注目点:チュートリアル完了――OT修了――が定着――継続的な出席――を保証しないという本文のD1の話が、オフラインでそのまま繰り返される。